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新時代を迎えたニューヨーク演劇界

影山雄成のバックステージ・ファイル

寄稿/影山雄成

行政命令により2020年3月12日に閉鎖され、長期にわたって一般の観客を入れての公演ができなかったニューヨークの劇場街ブロードウェイ。
その反動もあってか、2021年6月26日に再開されて以降の1年間のブロードウェイでは、合計41作品が幕を開けた。これは過去5年間で最も多い開幕作品数となり、劇場街は急速な復興に沸く。

ブロードウェイに倣うようにニューヨークの演劇界全体が活気を取り戻しつつあるが、パンデミック前とは明らかに異なる点がある。
この25カ月の間、アメリカ社会で人種平等を訴える動きが盛んになったことを受け、アフリカ系アメリカ人の活躍する場が急増したのだ。今も続くいわゆる“BLM運動”がニューヨークの演劇界に変革をもたらし、人種問題に敏感な作品が新たなトレンドとなっている。

(左上)『A Strange Loop』Photo:Marc J. Franklin
(右上)『Pass Over』Photo:Joan Marcus
(左下)『MJ the Musical』Photo:Emilio Madrid
(右下)『Fat Ham』Photo:Joan Marcus

“BLM運動”の発端となった、2020年5月25日にミネソタ州で起きた白人警官による黒人男性死亡事件はアメリカ社会を大きく変えた。結果として起こった抗議デモの波は、その後、瞬く間にニューヨークの街に押し寄せたのである。

「黒人の命を軽視してはならない」と提唱する、Black Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター)の頭文字をとったBLMの常套句が演劇界で間もなくして叫ばれるようになったのだ。
暴徒化したデモ隊の略奪などは目に余るものもあったが、ニューヨーク演劇界は彼らに平和的に寄り添う姿勢を示す。
まずはデモ隊が抗議活動の合間に休息し、ウイルス感染対策の消毒やマスクの補充ができる場所を提供するため、閉鎖中だった劇場を解放した。そして、いずれパンデミックが終わって劇場が再開した暁には、人種差別のない出演者のキャスティングや、スタッフの雇用を実現することを確約したのである。
その後、さらに1年近くにわたって続くニューヨーク演劇界の閉鎖期間中には、アフリカ系アメリカ人の人材を起用したさまざまな舞台作品の制作が発表されていくこととなった。

『Merry Wives』
Photo:Joan Marcus

昨年7月、ニューヨークのライブエンターテインメント界が再び動き出したことを広く知らしめたのは、セントラルパークで2年ぶりに開催された名物イベントのシェイクスピア・イン・ザ・パーク。
第一線で活躍するプロの役者やスタッフによる舞台作品を、同公園の中にある1800席の野外劇場にて無料で上演する夏の風物詩だ。

60年以上にわたってニューヨーカーにこよなく愛されてきた催しだが、昨年はアフリカ系アメリカ人のアーティストが中心となって製作した作品が演目に選ばれた。
ウィリアム・シェイクスピアの名作『ウィンザーの陽気な女房たち』を現代のニューヨークのハーレムに置き換え、登場人物全員がアフリカからの移民という設定にした新作である。
シェイクスピアが書いた名セリフを生かしつつ、そこに黒人への偏見がなくなることへの祈りを込めていく。

ハーレムの街並みを再現したセットの建物の壁にも“BLACK LIVES MATTER(ブラック・ライブズ・マター)”の言葉のウォールアートがあしらわれ、リアリティを追求する徹底ぶり。

左後ろに「BLACK LIVES MATTER」
Photo:Joan Marcus

BLM運動の影響を受けての作品の先陣を切り、制作過程はドキュメンタリーとして記録にも残された。パンデミック明けのニューヨーク演劇界の方向性が力強く示され、新たな時代の幕開けを告げた公演となったのだ。

『Reopening Night』オフィシャルトレーラー
「シェークスピア・イン・ザ・パーク」再開までの道のりを追うドキュメンタリー

再開するのに時間を要していたブロードウェイも一丸となって人種平等という課題に取り組んでいく。
劇場街そのものは昨年6月26日にロック界の大御所ブルース・スプリングスティーンによるコンサートで息を吹き返したが、肝心のストレートプレイ(芝居)やミュージカルといった舞台作品が上演できずにいた。

そんな中、およそ1カ月後の8月4日にソーシャルディスタンスを保ち余裕をもって安全を確保できる、出演者がわずか3人となるストレートプレイが他よりも一足先に上演を開始する。
2018年にアメリカのシカゴで初演された黒人差別をテーマにした『パス・オーバー』で、BLM運動を受けて急きょブロードウェイ上演が決定した。

『Pass Over』
Photo:Joan Marcus

不条理劇と呼ばれるジャンルの作品で、サミュエル・ベケットによる同分野の代名詞『ゴドーを持ちながら』をモデルに、警察に怯えながら貧困地区に生きる黒人青年2人がとりとめのない会話を交わしながら進んでいく。
よもやま話をする青年2人に、裕福で物柔らかな白人紳士や威圧的な白人警察官が話しかけ、奇妙な関係が築かれていくという内容だ。

Photo:Joan Marcus

書いたのは、同作品で劇場街へのデビューを飾るアフリカ系アメリカ人の女性劇作家。
この戯曲のシカゴ初演では、主人公の黒人青年の一人が裕福な白人紳士に射殺され幕となる後味の悪いクライマックスが特徴だった。
ところが、BLM運動を受けた劇作家は、ブロードウェイ上演に際してこれを書きかえる。白人警察官と主人公の黒人青年の2人の和解を示唆するものにして、未来への願いを託したのだ。

公演初日、開演前の劇場

公演初日は、久々にブロードウェイに芝居が帰ってきた記念すべき日。
カーテンコールでは、劇作家もステージに上がり出演者と肩を抱き合い、総立ちとなった観客の声に応える。

カーテンコール

さらに終演後は、劇場前の通りを閉鎖してブロックパーティが開催された。DJが会場を盛り上げていく中、劇場正面のバルコニーの扉が開け放たれ、関係者がパーティ参加者を見下ろす形で登場。

終演後のパーティー

「黒人の“エビータ”になった気分」とジョークから始まる同作品の劇作家は、スピーチで人種平等を訴えていく。さらにはニューヨークの副市長も登場し、ブロードウェイの復活を高らかに宣言する。
パンデミックを経ての劇場街が、これまでは数少なかったアフリカ系アメリカ人の劇作家による作品で再生した瞬間となった。

昨年の9月中旬から始まったブロードウェイの本格的な再開でも同様の作品が目立つ結果となる。

本来ブロードウェイは白人の観客が主流となるため、おのずと彼らを意識した作品が多くなり、ストレートプレイではアフリカ系アメリカ人の劇作家の活躍の場が少ない。
ところが、再開後のブロードウェイでは2021年だけで、前例にない7人の黒人劇作家による新作が上演されることとなったのだ。また上演されたすべての作品に求められたのは、人種平等に対する敏感さ。

映画『グレーテスト・ショーマン』や『X-MEN』シリーズなどで知られるヒュー・ジャックマンを主演に迎えたことで、再開後のブロードウェイで最も高い興行収入を記録するミュージカル『ザ・ミュージックマン』さえ例外ではない。一週間におよそ300万ドル超をはじき出す同ミュージカルは、1957年ブロードウェイ初演作のリバイバル。

『The Music Man』
Photo:Julieta Cervantes

アイオワ州の田舎にやってきた詐欺師の男が、街の人々にブラスバンド結成の話を持ちかけて一儲けを企むものの、ピアノ教師の女性との出会いがきっかけとなり改心していくという物語だ。

初演の際は、アメリカ演劇界で最も権威のあるトニー賞で対抗馬となった『ウエストサイド物語』を抑えて作品賞を勝ち取ったクラシックなミュージカルだが、今回は人種問題に神経を尖らせた。
劇中、街の人々が独立記念日のイベントの出し物として、白人の市民がアメリカ先住民に扮する劇中劇の場面があるが、このネイティブ・アメリカンの描き方が差別だと捉えられる可能性があると判断、カットとなったのである。

Photo:Julieta Cervantes
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書いた人:影山雄成(KAGEYAMA,YUSEI)

影山雄成(KAGEYAMA,YUSEI)

演劇ジャーナリスト。 延岡市出身、ニューヨーク在住。 ニューヨークの劇場街ブロードウェイを中心に演劇ジャーナリストとして活躍。アメリカの演劇作品を対象にした「ドラマ・デスク賞」の審査・選考委員。夕刊デイリー新聞で「影山雄成のバックステージ・ファイル」を連載中。

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延岡バックステージ
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