寄稿/影山雄成
劇作家ウィリアム・シェイクスピアによる四大悲劇のひとつ、戯曲『リア王』の主人公の老王は難役であるが故に、多くの男優が年齢を重ねて挑戦したくなることで知られてきた。
そしてミュージカル界では、このリア王役に匹敵し、多くの女優が主演したいと希望する2大作品がある。
ニューヨークの劇場街ブロードウェイで1959年に初演されたミュージカル『ジプシー』と、1993年にイギリスからアメリカに上陸したミュージカル『サンセット大通り』の2作品だ。


(右)『SUNSET BLVD.』Photo:Marc Brenner
この春、ニューヨークの劇場街ブロードウェイにある44丁目の通りを隔てて建つ劇場で、これらの2作品がまるで対峙するかのように同時にリバイバル上演される形となり大きな注目を集めている。
劇評家からはすでに大絶賛され、お墨付きを得ることに成功した両作品で主役を張る2人の大女優。
果たしてどちらが、初夏に発表される演劇賞で主演女優賞を獲得することができるか、さまざまな憶測が飛び交っているのだ。
近年まれに見るミュージカル女優の一騎打ちにニューヨーク演劇界が熱い。

Photo:Marc Brenner
2024年の10月、44丁目の北側にあるセント・ジェームズ劇場で先に開幕したのは、ブロードウェイで2回目のリバイバル上演となるミュージカル『サンセット大通り』。
ミュージカル『キャッツ』や『オペラ座の怪人』で知られる作曲家アンドリュー・ロイド=ウェバーが手掛けた作品で、1950年の同名映画を舞台化したものとなる。
トレーラー映像
同ミュージカルの主役は、現役を引退していた無声映画の大女優ノーマで、彼女がハリウッド復帰の野望を抱くという内容。無名の若い脚本家の男性ジョーを雇い、自ら書いた長編映画の脚本を手直しさせるうちに、彼に恋をしてしまう彼女だが、自身がすでに人々から忘れられた存在で、映画界から必要とされなくなっているという現実を目の当たりにすることとなる。
プライドを傷つけられたという怒りと絶望から、愛していたジョーを殺害してしまうノーマが、精神に異常をきたしていくというのが物語の流れ。




これまで、この主役のノーマには数多くの女優が挑戦してきたが、過去には作曲家でミュージカルの生みの親となるアンドリュー・ロイド=ウェバーのお眼鏡にかなわず降板させられ、法廷で争われる事態にまで発展したことさえある。それだけ演技力はもちろん、圧倒的な存在感が必須のハードルの高い役なのだ。
今回のリバイバル上演で、この破滅へと突き進んでいく往年の映画スターの役を演じることになったのは、ガールズグループのプッシーキャット・ドールズのメンバーとして一躍有名になったニコール・シャージンガー。
グループのリードシンガーとして活躍し、音楽の才能とともに容姿にも恵まれた彼女の満を持してのブロードウェイ・デビューとなったのだ。
演出家は、作品を一旦解体して新たな解釈を加えながら再構築。ミュージカルの余分な要素を徹底的に排除し、あえて必要最小限の舞台美術で、かつての映画スターの悲劇を描いていく策に出た。
ハリウッドを舞台にした内容ということで、上演中はスタッフが演者に接近しカメラで撮影。そのライブ映像をステージの背景にある巨大モニターに投影するという斬新な手法もその一例。
まるで映画のような画角の映像によって、アップでしか目にすることのできない出演者の細かい表情や涙、筋肉の動きなどを同時に楽しめるという趣向だ。


さらに、これまでの上演では主人公ノーマが場面ごとに異なる豪華絢爛な衣装で着飾るのがお決まりだったが、それも改められた。ノーマが着る衣装は、ノースリーブの黒いワンピース1着のみで、靴さえ履かず自然体を追求する。素になったニコール・シャージンガーのしなやかな体の動きや、細やかな感情表現、そして歌唱力を大いに引き立たせることとなった。
後半、久々にハリウッドの撮影所を訪れ、自分の居場所は映画界しかないと悟るノーマのソロ曲「As If We Never Said Goodbye」では、その迫力で観客の度肝を抜き、熱唱を終えた瞬間に客席が総立ちとなる。
ニコール・シャージンガーという主演女優の存在があって初めて成立するリバイバル公演が劇評家たちを唸らせ、1週間のチケット売り上げが常に160万ドル、日本円に換算して2億4千万円超となる大ヒット作となったのは当然の結果だった。
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ミュージカル『ジプシー』
実在したストリッパーの母親となる主人公ローズを演じるのは、アフリカ系アメリカ人の女優オードラ・マクドナルド。