ニューヨーク市内の美術館や図書館では、演劇に関する展示会などの期間限定の企画が定期的に行われている。しかし、演劇に特化し、ブロードウェイが総括的に取り上げられる機会は皆無に等しかった。
昨年の11月中旬、劇場街の中心にオープンした「ミュージアム・オブ・ブロードウェイ(HP)」は、長い歴史を持つニューヨーク演劇界の歩みを貴重な展示物とともに知ることができる、初のブロードウェイ専門の博物館となる。
場所は、全41あるブロードウェイの大劇場の中で最も古い、築120年のライシウム劇場の隣。
1911年に建てられた12階建てのビルの1階から3階までが博物館となっており、上の階から順にブロードウェイの歴史を紐解いていく趣向だ。
まずは1700年代まで遡り、現在は金融取引市場の中心となるマンハッタン島の南に位置した富裕層のための劇場街が、安価な土地を求めて北上。
1900年代に入りタイムズスクエアに劇場が密集し、現在のブロードウェイとなるまでが、資料や映像とともに解説されていく。
そして、2階と1階では、歴史に名を残したミュージカル作品が資料とともに紹介される。
イマーシブ(没入型)を謳っているだけに、主だった名作はその世界観を再現、あたかも物語の中に迷い込んだかのような気分になれる工夫が散りばめられているのだ。
例えば、『ウエスト・サイド・ストーリー』の紹介コーナーでは、主人公トニーが働く1950年代のドラッグストアが完全再現された。
同時に、1957年のブロードウェイ初演時に使用された衣装も飾られ、ジェローム・ロビンズによる特徴的な振り付けを体感できるコーナーが設けられるといった具合。
ミュージカル『コーラスライン』や『オペラ座の怪人』、『ライオンキング』など人気作の紹介コーナーでも衣装や小道具、デザイン画などの貴重な資料が多数揃えられた。
さらに、ミュージカル『ウィキッド』の上演劇場を例に、ホワイエやバックステージなどでの日々の運営の様子を、360度から楽しめる巨大模型が圧倒的な存在感を放つ。
そして、ブロードウェイ作品の制作過程から上演、PR活動に至るまでのサイクルさえ知ることができるのだ。
写真撮影は全館で可能となり、積極的にコレクションの写真をインターネット上などでシェアするよう推奨されているのもユニーク。
足かけ4年で実現した待望の演劇専門博物館の収入の一部は、ブロードウェイを代表するチャリティー団体に寄付、ライブエンターテインメントの更なる発展への活路を見出していく。
ブロードウェイの収入の要となるのは、観客の65%を占める観光客だが、彼らと並び貴重な存在なのが、コアな演劇ファン。
年間を通して15作品以上を観劇するファンはわずか5%にすぎないという。
しかし、この5%の観客がブロードウェイ全体のチケット売り上げの28%を担っているという数字もある。
観光客の数がパンデミック前の状態に戻るのに時間を要している中、演劇愛を刺激する新たなスポットをこれまで賑わしてきたのは、ニューヨーク周辺に住むこうしたファンたちでもあった。
一方で、2月に入り街を歩くと、ひとつの変化が窺えるようになる。それは、アメリカ国外からの観光客が目立ち始めたこと。
ブロードウェイの新名所の人気は、今後はこうした訪問者たちにも浸透し、夏の観光シーズンに向けて一層高まりそうだ。
Photo:Monique Carboni