そして、2024年を迎えたブロードウェイで最初に開幕した作品となるストレートプレイ(芝居)の『プレイヤー・フォー・ザ・フレンチ・リパブリック』はこの波に乗ったこともあり、期間限定公演を2度にわたって延長するほどの支持を得た。
タイトルを直訳すると“フランス共和国への祈り”となる同芝居は、第二次世界大戦末期の過去と2016年の現代を行き来し、パリに住む5世代にわたるユダヤ系フランス人の家族の物語を紡ぐ。
2015年のフランスでは、実際に多くのユダヤ人がターゲットとなったヘイトクライムが横行し、そんな彼らの中から数多くの知識人たちがイスラエルへと逃れていった。
当時のフランスのヴァルス首相も以下のようにコメントし、人材流出に危機感を募らせたことで知られる。
「もし10万人のスペイン系のフランス人が国を捨ててもフランスはフランスのままでいられる。しかし、もし10万人のユダヤ人が去ったら、フランスがフランスではなくなってしまう。そうなればフランス共和国の大きな過ちとなってしまう」
戯曲の劇中では、一族の息子がユダヤ人であることから暴行を受け、さらには多くのユダヤ人がターゲットとなるテロ事件が繰り返されると、一家はフランスでの恵まれた生活を捨て、イスラエルに逃れることを計画する。第二次世界大戦前には、多くのユダヤ人がナチス・ドイツを一時的な政権だと楽観視していたことから海外に逃げ遅れ、結果として命を落とすこととなった。一家の中にも、そうやって収容所で亡くなった家族がいたのだ。だからこそ、イスラエルに移住することを早々に決意するのである。
さらに劇中ではイスラエルとパレスチナとの軋轢、そしてアメリカ合衆国の関与についても深く追求していく。その上で、アメリカにいるユダヤ人がいつまでも安全でいられるとは限らないと踏み込む。
登場人物たちは、アメリカ国民は国が戦争をするために税金を納めているという皮肉さえ込め、世界のどこにいても安全は保障されないのだとの見解を示す。
2016年以降、アメリカ国内におけるユダヤ人へのヘイトクライムは年々増え、8年後の現在がある。そこに加わる懸念材料は、現在ニューヨークが移民を幅広く受け入れていること。
2023年に10万人以上の移民がメキシコなどの中南米を経由して入ってきたが、その中には中東やアフリカの人々も多く含まれていた。つまり、いつハマス支持者によるテロが起こるかわからないと危機感を強めるユダヤ系の人々を含めた市民が多い現状だ。
『プレイヤー・フォー・ザ・フレンチ・リパブリック』の1944年に始まり、70年以上にわたる家族の物語は3時間にも及ぶが、観劇を希望する人々が後を絶たず、大ヒット作となった。
今回のブロードウェイ公演は、武力衝突が始まってから企画されたわけではない。しかし、蓋を開けてみれば、負の歴史は繰り返されるのだという悲しみが、観客の心に深く突き刺さることとなった。
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『ホワイト・ローズ』
第二次世界大戦末期に反ユダヤ主義と戦ったドイツ人たちを描いたミュージカル
『キャバレー』
第二次世界大戦前夜のベルリンを舞台に、ナイトクラブの歌姫と男性作家の恋を描いたミュージカル。1966年の名作を人気俳優エディ・レッドメイン主演でリバイバル上演