夏から秋にかけてのニューヨーク演劇界では、実在するアメリカの女性政治家2人に焦点を当てた政治劇『N/A』が大統領選挙を控えていることもあり注目を集めた。
通常、“N/A”といえば、“Not Applicable”の略で、“該当しない”といった意味を持つ。
しかし、同作品の場合、タイトルにある“N”は、女性で初めて下院議長を務めたナンシー・ペロシの頭文字だ。一方で、“A”のイニシャルは史上最年少の女性下院議員アレクサンドリア・オカシオ=コルテスのもの。
50歳もの年齢差のある2人の政治家が密室で80分にわたり議論を戦わせるというコメディタッチの会話劇となる。
キャリア年数や経験の違い、そして政治思想とジェネレーションギャップの相違もある2人の会話を通して、アメリカという国の未来に思いを馳せていく。
両議員とも民主党であるが故に、共和党との軋轢の話題にも発展、トランプ前大統領についても示唆、理想の大統領像を思索していくのだ。
演出を手掛けたのが、近年のアメリカ演劇界で唯一無二の女性演出家ダイアン・パウルスだというのも同作品の売り。日本人の母親を持つ彼女は、女性の力強さを取り上げた作品を得意とし、今回もその力量が十分に発揮された。
Photo:Marcus Middleton
とはいえ、同作品は決して劇評家から高く評価されたわけではなく、メディアの取り上げ方は悲観的だったのだ。それにもかかわらず人気は衰えることなく、期間限定の公演を延長。
7月に女性初の大統領の誕生の可能性が出てくるとさらに需要が高まり、ヒット作の仲間入りを果たした。
ダウンタウンにあるオフ・ブロードウェイの小劇場で秋に上演された新作ミュージカル『ジョン・マケインの亡霊』は、大統領選挙へのカウントダウンを見据えてのタイムリーな異色作となる。
同作品の物語は、2008年の大統領選挙の際にオバマ元大統領に大敗した故ジョン・マケイン候補が、なぜか死後に天国ではなくトランプ前大統領の頭の中に迷い込み、閉じ込められてしまうという一風変わった設定。
そして、混沌とした世界の中で彷徨う故ジョン・マケイン候補は、バイデン大統領やハリス副大統領といった政治家や、各界の有名人たちとの出会いを繰り返しながら、トランプ前大統領と対決するというカオスな展開。
この時期だからこそ人々が興味を示し、成立し得る政治風刺と笑いに富んだミュージカルなのだ。
9月3日のプレビュー公演開始直前に使用された宣伝用のビジュアルは、元検察官で論客のハリス副大統領との不利なテレビ討論会をトランプ前大統領が忌避しようと画策した一騒動の風刺画という遊び心。
プレビュー開始の1週間後に行われたテレビ討論会を見据えてのもので、徹底したユーモアから関心を集めた。
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演劇界がアメリカ大統領選挙に注目
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