
Photo:Julieta Cervantes
ミュージカル『サンセット大通り』が上演されているセント・ジェームズ劇場と通りを挟んで向き合うのがマジェスティック劇場。
この44丁目の南側にある劇場では、同じ作曲家アンドリュー・ロイド=ウェバーによる代表作『オペラ座の怪人』がブロードウェイ最長ロングラン記録を打ち立て、2023年に幕を閉じて間もない。35年におよんだロングラン公演が終了した後、同劇場はステージの張り替えも含め、大規模な改修工事を必要とした。
施設整備が終了し、最初に上演される作品として白羽の矢が立ったのが、多くの女優が一度は主演したいと願うミュージカル『ジプシー』だ。
ブロードウェイで65年の間に初演も含め5回にわたり上演されてきた同作品だが、その中の4回は主役に挑んだ俳優が、アメリカ演劇界で最も権威のあるトニー賞でミュージカル主演女優賞に輝いた。彼女たちが演じたのは、実在したストリッパーの母親となるローズだ。
1920年代に始まる物語の主人公ローズはシングルマザーで、2人の娘を振り回しボードビルに出演させ、ショービジネス界で成功させることを夢見る我欲の強い勝ち気なステージママ。


しかし、才能を見出し溺愛していた次女がやがて駆け落ちし、結婚を約束していた男性にも愛想を尽かされ、鞍替えし最後の望みをかけて育てていた長女もストリッパーとして大成功を収めるや否や母親を突き放してしまう。
孤独に苛まれ、本当は自分自身がショービジネス界でスターになりたかったが叶わなかった過去を振り返るローズ。これまでのステージママとしての身勝手な行動は、娘たちのためではなく、結局は自身の欲を満たすためだったと認めざるを得なくなるのだ。

今回、ローズ役に挑戦するのはアフリカ系アメリカ人の女優オードラ・マクドナルド。
過去にアメリカ演劇界の最高峰トニー賞に6回輝き、ミュージカルとストレートプレイ(芝居)という異なるジャンルで、主演と助演女優賞の合計4部門のすべてを制覇したことのある唯一の俳優だ。
名門ジュリアード音楽院を卒業した逸材の持ち味は、響き渡る見事なソプラノの歌声で、彼女のことを好ましく思わない劇評家はひとりもいないと言われるほど好感度の高い女優として知られる。
オフィシャルミュージックビデオ
これまでブロードウェイでローズ役を演じてきたのは白人で、その多くが地声を張り上げて歌うのを得意とする女優だった。それもあり、ソプラノが持ち味のアフリカ系アメリカ人のオードラ・マクドナルドに同役が担えるのかという疑問を多くの演劇関係者が抱いていたことも事実。
しかし公演が始まると、これまで以上のオーラを放ち、力強い歌声でローズ役に取り組む彼女の話題が尽きなくなっていく。




同役の最大の見せ所は、クライマックスで傷心し、自身の人生を悔い、敗北を悟りながらも相変わらず自己中心的で、最後には今度こそは自分が輝ける時が訪れるのだと吐露する、叫びのようなソロ曲。オードラ・マクドナルドが絶唱を終えると、観客は自然と立ち上がり会場は歓声に包まれるのだ。
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『サンセット大通り』と『ジプシー』の対決
両作品のプロデューサーが最優先にするのは、6月に授賞式が行われるトニー賞でのミュージカル主演女優賞の獲得だ。